一、柳生新陰流道統


◆嫡流
 柳生石舟斎に始まる”剣の柳生”の流れは大きく二つに分かれ、俗に一つを「江戸柳生」、もう一つを「尾張柳生」と呼んでいます。「江戸柳生」の始祖は、石舟斎の五男である柳生但馬守宗矩で、徳川家三代の将軍につかえ、後には大名にまで列せられるという出世をとげました。
 ドラマや小説で有名な柳生十兵衛は、宗矩の子供になります。 柳生但馬守宗矩は剣においても熟達したものがあったことは確かですが、どちらかというと政治家としての手腕を発揮したようです。もう一方の「尾張柳生」の始祖は柳生兵庫助利厳で、新陰流道統を受けた後、尾張徳川家の初代当主である義直に仕えたのがそのはじまりです。
 利厳は石舟斎の長男である厳勝の次男として生まれましたが、兄久三郎が朝鮮で討死して後嫡孫となりました。彼は幼いころから、資質も兵法もともに祖父石舟斎に瓜二つと言われ、石舟斎自身も最も愛した児孫であったと伝えられています。
 将軍家に仕えたことから歴史上に登場することも多く、「江戸柳生」が本家だと思われがちですが、以上のことからも新陰流道統の正統は「尾張柳生」であり、 血統のうえでも柳生石舟斎の嫡流であるといえます。
●江戸柳生開祖・但馬守宗矩座像
●十兵衛三厳の「月の抄」
◆「世」と「代」
 柳生新陰流の正統なる道統は、現宗家の 柳生耕一師範で第二十二世をかぞえるに至っています。その相伝の譜は以下の表に示したとおりですが、「世」と「代」の違いについて若干の補足をいたします。「世」とは印可の相伝を他姓の人物が受け継いだものであり、「代」とは嫡流(血統)の一子相伝をいうものです。ですから現宗家は柳生新陰流の正統第二十二世であり、かつ柳生石舟斎に発する道統の第十六代になるわけです。
新陰流兵法正統相伝の推移
流     祖
 上泉 伊勢守  藤原 信綱
第  二  世
剣の柳生大祖
 柳生 但馬守   平 宗厳(石舟斎)
第二代
 柳生 新次郎   平 厳勝
第  三  世
第三代
尾張柳生始祖
 柳生 兵庫助   平 利厳(如雲斎)
第四代
 柳生 茂左衛門  平 利方(如流斎)
第  四  世
 尾張権大納言   源 義直
第  五  世
第五代
 柳生 兵庫    平 厳包(連也)
第  六  世
 尾張権大納言   源 光友
第  七  世
 尾張権中納言   源 綱誠
第  八  世
第六代
 柳生 兵庫    平 厳延
第  九  世
 尾張権中納言   源 吉通
第  十  世
第七代
 柳生 六郎兵衛  平 厳儔
第 十 一 世
第八代
 柳生 兵助    平 厳春
第 十 二 世
 尾張宰相中将   源 治行
第 十 三 世
第九代
 柳生 又右衛門   平 厳之
第 十 四 世
第十代
 柳生 兵助    平 厳久
第 十 五 世
 尾張権大納言   源 斉朝
第 十 六 世
第十一代
 柳生 新六    平 厳政
第 十 七 世
第十二代
 柳生 忠次郎   平 厳蕃
第 十 八 世
 尾張権大納言   源 慶恕
第 十 九 世
第十三代
 柳生 三五郎   平 厳周
第 二 十 世
第十四代
 柳生 金治    平 厳長
第 二十一 世
第十五代
 柳生 延春    平 厳道
第 二十二 世
第十六代
 柳生 耕一    平 厳信